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【K-ACDF】エグリントンみか インタビュー(後編) | BLOG | NPO DANCE BOX

2017.11.4

【K-ACDF】エグリントンみか インタビュー(後編)

INTERVIEW

-話が複雑なので、もう少し作品の背景を詳しくお聞かせください。

 

エグリントン:父方のお祖母さんの洗骨の儀式をティさんは映像化されたのですが、彼女は1912年生まれで、2005年に93歳で亡くなられています。その1383日後にボクモウが行われて、それがタイトルになっています。

 

-ベトナムで90年は結構長生きですね。

 

エグリントン:国民の平均年齢が30代頭のベトナムにおいては、かなりの長生きと言えます。彼女の人生を歴史と照らし合わせてみてみると、ベトナムの苦難の世紀と重なります。仏領インドシナ時代に生まれ、フランスの植民地から抜け出しつつある1940年頃に日帝が侵入した結果、日仏の二重支配で搾取される中、地下に潜っていた共産党が独立を目指してベトミンを結成し、日本敗戦後のフランスの再侵略を阻み、権力を手にします。ベトミンは帝国主義者と裏切り者と地主の土地を没収して、貧困者に分け与えることをスローガンとする農地改革を行ったために、ティさんのお祖父さんが引き継いだ代々の土地もとられてしまったそうです。その後に続く南北に分断された国家の内戦とアメリカ、カンボジア、中国との戦争を生き抜いて来たわけです。ある老婆の骨を洗うという非常にパーソナルな営為によって、ベトナムの歴史が浮かび上がってくるようにも感じたのです。ティさんによると、ティさんのお祖母さんは、現在はハノイに取り込まれているDan Phudong Ha Tayに居を構える地主であったティさんのお祖父さんの四番目の妻だったそうです。その当時は土地と金があれば妻を複数持てるという結婚形態も可能だったらしく、四人の妻が一緒に生活していたそうです。

 

-辛い。

 

エグリントン:ティさんのお祖父さんは、ティさんのお父さんが1歳の時、ティさんのお父さんが1937年、お母さんが45年生まれなので、単純計算すると1938年頃、病気で亡くなられたそうです。でもそうしなければ後々、共産党に殺されていただろうとティさんが語っています。当時の土地持ちや知識人が共産党に殺される確率は非常に高く、実際に他の家族は殺されているそうです。そうした危機も感じて、ティさんのお祖父さんが亡くなった後に、お祖母さんはその村を子供達を連れて出て、偽名を使ってあちこち転々とした後に、最終的にハノイに逃れたそうです。

 

-そっか、その時は、夫が亡くなるまで4人の妻と一緒だったけども、亡くなってからは転々としてシングルマザーみたいな形で育てられたんですね

 

エグリントン:そうですね。一族の村を去った者という意識もあってか、お祖母さんが亡くなる前からお祖母さん自身も、ハノイに住むティさんの近しい家族も、ボクモウするとは誰も思っていなかったそうです。けれど、お祖父さんの一族が、ボクモウを強く希望した結果、この洗骨の儀式をすることになったそうです。

 

-村の人がやらなくちゃと思った理由、意図はどこにあるんでしょうね。

 

エグリントン:4番目に当たる妻で村を逃れて一族から切り離された生活を送ってきたとしても、お祖母さんは一族のメンバーだからと村の遠い親戚が主張し、しばしの議論が交わされたあとに村一族の意向が勝ったそうです。村一族が葬式の仕方に対しする確固とした意見を持っているのに対して、ティさんの周囲は持っていなかったことも一因らしいです。普通に火葬する方法しか考えていなかったので、強い意見を持っている方に負けてしまった。勝ち負けの問題ではないけれども意見を持っている方が優先されたらしいです。

 

-なるほど。ティさんはその洗骨のその儀式に立ち会って、ティさん自身が何か感じたことっていうのはあったのでしょうね。

 

エグリントン:ティさんにとっては、全くの初めてのボクモウだったそうです。それまで親戚の人が亡くなった時には、その村に帰って葬式に立ち会ったことはあったそうですが、既にボクモウが終わった後の参加だったそうです。だから、お祖母さんの洗骨葬の時は何が行われているのか分からないまま、これによって映像を作りたいという意図もないまま、習慣としてカメラを持って回していただけらしいです。新しい経験にかなりの衝撃を受けながらも、ティさんはこの儀式が「とてもジェントルなもの」と感じたそうです。生きる者と死んだ者をやさしく手当しながら、両者を結びつける時間だったっていうように語っています。だからこそ、最初は全く映像を作るつもりはなかったのに、映像を編集することにしたそうです。

 

-それは10分バージョンで作られた?

 

エグリントン:30分バージョンもあります。

 

-両方あるのですね。

 

エグリントン:そうです。今回は10分の方を会場の古民家で流します。

 

-ベトナムでももうボクモウはあまり行われていないそうですね

 

エグリントン:その通りです。今回、ベトナムで会った人に機会あるごとに「ボクモウをされますか?」って尋ねたのですが、都会の人の大部分が「農村部ではやっているけど、古い習慣だよね」っていう風に答えていました。シンガポールの会議で知り合いになったハノイに住むアーティストであるフィフィアンのお祖父さんも、ボクモウをやったそうです。それはお祖母さんの強い意向だったそうですが、お祖母さん以外は、彼も含めて全員断固反対だったそうです(笑)。

 

-もうええやんみたいな(笑)

エグリントン:そう、もうええやんって感じ。ボクモウは元来、ベトナムの高温多湿の気候下の水田に死者を埋葬すると、3、4年で肉が溶け、大地に還るという場の理に適った埋葬法ですが、現代の都市文化においては、水田に還すっていう風習と馴染まないらしいです。今は屍体がすぐに腐らないように、死化粧も含めて色々と化学薬品を投入するじゃないですか。加えて、生きているうちから様々な抗生物質をとっているから、以前のように肉が腐らないらしい。だから3年くらいで掘り起こすとまだ腐っていない。腐らないのは、この世にまだ未練がある印と以前は読まれたそうですが、現代では腐ってない人の方が多いらしいです。だから、掘り起こしてすごい腐臭の中、ナイフで骨や肉を切り刻むとか、もう一回そのまま土に戻すとか、本当にグロテスクな様相を示すので、フィフィアンも二度とボクモウは御免だそうです。お祖母さんだけが「私が死んだらボクモウを絶対やってね」と主張しているけれど、彼の両親からは「私らの屍体はバンバン燃やして、絶対ボクモウやらないで」と命じられているそうです。(笑)後者が都市部に生きる人々の一般的な見解です。

 

-基本的には火葬ですか?

 

エグリントン:都市部では水田文化との馴染みが薄くなったことに加えて、衛生面での問題があるので、基本的には火葬です。ベトナム政府もバクモウを推奨しておらず、禁止したいけれど禁止できない風習として残っているらしいです。

 

-面白いですね。

 

エグリントン:沖縄の風習同様、ボクモウは基本、女性の仕事だったそうです。ボクモウ文化自体が衰退していることに加えて、特に他家から嫁いだ嫁の負担になっていることもあって、現代では農家の人のアルバイト的な職業になっているそうです。

 

-じゃあ割り切ってやるみたいな?

 

エグリントン:はい。以前ベトナムのドキュメンタリー映像作品で、お父さんと息子さんとが誇りを持ってプロフェッショナルにやっているという記録を見たことがあります。死者が光を嫌がるので、夜中の2時ごろに始まって完全な闇の中で行い、夜明けまでには終わらせなければなりません。屍体にはバクテリアが増えますからなんらかの感染病にかかりやすい、危険、汚い、キツイの3K作業であることは確かなので、政府も推奨していませんが、反面、特殊技能なので、今は農家の人のアルバイトからプロフェッショナルな専門業へと移行している地域もあるそうです。

 

-まだ行われている地域も

 

エグリントン:あります。

 

-強いお祖母さんの、「私のボクモウ、ちゃんとしてよね」みたいな(笑)

 

エグリントン:そうそう。70歳、80歳以上はそう思っている人が多い世代だと思いますよ。

 

-それはどういう死生観のもとでなんでしょうか。

 

エグリントン:泥から生まれて泥へと生まれ還るという農村文化が強い地域における死生観でしょう。日本にも通じるところがありますよね。ベトナムの水中人形劇を例にティさんが話をされていたんですが、根底に高音多湿な湿地帯における稲作文化があって、泥というのが生活の一つの基盤を成しているそうです。水中人形劇も、稲作の間に泥の中で楽しめる娯楽として発展したように、で泥の中に死体を埋めておけば、それが栄養となって稲も伸びながら肉が腐っていくという理にかなった埋葬法だったそうですが、都市部においてはその理念があまり見出されなくなっているようです。

 

-面白いですね。

 

エグリントン:ティさんにとっての理想的な葬式のあり方について尋ねたところ、火葬は能率的ではあるけれども、グロテスクで過酷とも言われるボクモウ以上に過酷だと答えられました。棺桶を火にくべて中で燃やされている様子をも如実に画像配信するお葬式に最近立ち合われたそうですが、非常にいたたまれない気持ちになったそうです。

 

-切り刻むっていうのは、骨についた肉をとっていくってことですか?

 

エグリントン:そうそう。

 

-で、骨だけにして、骨を綺麗に洗って?

 

エグリントン:肉が完全に腐ってないと切り刻むか、もう一度土に戻して腐るまで待つしかないのですが、いずれも非常にグロテスクで、腐臭もすごいそうです。映像ではみんなマスクをしていますが、マスクしていても腐臭が凄まじいらしいですが、時間の短縮化と能率性だけが優先されているかの火葬の方がティさんにはいたたまれないそうですが、チャム族の埋葬法には惹かれるそうです。チャム族を大きく分けると、イスラム・チャム族とヒンドゥー・チャム族に分かれますが、イスラム・チャム族のある部族は、母の胸の上に子どもの遺骨が重なるように並べていくのだそうです。ヒンドゥー・チャム族の場合は、火葬後、頭部の9つの骨だけを残し、家に保管しておいて、ある程度集まったらまとめて葬るのだそうです。いずれも家族の繋がりを保ちつつも、無名性が高く、骨のエッセンスだけを残した葬儀です。

 

-でもこれから、その家族っていう単位がどんどん変わっていきますよね。だからまた、死の弔い方も必然的に変わっていきますよね。

 

エグリントン:変わっていくと思いますよ。一番やりたくない例として、フエのど派手な墓の例をティさんは挙げられていましたね。

 

-そこまで祭り上げられたくないみたいな感じですかね。

 

エグリントン:私も死後もお金が一番という世俗性には惹かれないです。ティさんはそこまでは仰ってなかったですけど、フエの墓は観光として見に行くのは面白いけど、自分は絶対やりたくないと言っていましたね。

 

-いろいろ考えますよね。ちなみに、みかさんはどういうスタイルが理想ですか?

 

エグリントン:土、海、空といった自然に還りたいです。正直、途中で掘り起こされたくので、ボクモウは私のやり方ではないです(笑)。ボクモウの由来のひとつとして、最初の葬儀の時点では、まだ死者はこの世に未練がある状態の死者であって、まだ昇華されてないのだそうです。何年か時間が経った後に2度目の葬儀をすることによって、死者は完全な死者になって、家族やこの世にまだ生き残っている者たちに悪害を及ぼさない守護霊的な存在に昇華するのだそうです。ボクモウまでの時間は、察するにカソリックにおける煉獄みたいな、生と死の間で苦しむ曖昧な存在のため、生きている者に害を及ぼすと見なされるようです。骨になり、魂が昇華されてから、二度目の葬儀がされ、家族の墓に最終的に葬られるようです。私はボクモウで掘り起こされた時、未練も肉もたんまり残ってそうな気がするので、その浅ましい姿を見られるのが非常に恥ずかしいですし、腐臭を撒き散らしたくないと思います。(笑)だからボクモウは私の生き方、死に方には合わないです。

 

-面白い。自分の弔い方、ちょっと考えますね。

 

エグリントン:考えますね。墓に入りたいっていう欲望は強くないです。空と海と土に灰を撒かれるのが理想かもしれません。

 

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アジア女性舞台芸術会議(グェン・チン・ティ、エグリントンみか)

『93 Years, 1383 Days』

ベトナム・ハノイ在住のグェン・チン・ティの映像作品は、祖母の遺骨を洗い清める洗骨の儀式を記録した。家族を弔い、その死を想うこと。様々な節目に行われる儀式を通して、私へとたどり着く家族の系譜を見つめます。

 

〈展示〉11月3日(金/祝)〜25日(土) 11:00〜17:00 ※月曜日定休

〈場所〉駒ヶ林一丁目南部長屋(神戸市長田区駒ヶ林町1丁目7-11)

詳細はコチラから

 

 

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