【公演レビュー】国内ダンス留学@神戸11期Newcomer/Showcase#1 小野彩加 中澤陽 スペースノットブランク『フィジカル・カタルシス:ダンス作品第7番』【文:竹内厚(編集者)】
国内ダンス留学@神戸11期 Newcomer/Showcase#1
小野彩加 中澤陽 スペースノットブランク
『フィジカル・カタルシス:ダンス作品第7番』
日程:2025年11月28日(金)19:00、11月29日(土)14:00
会場:ArtTheater dB KOBE
出演:Dance Residence Artist[ 伊村千奈美、植田円、大迫健司、大村花漣、岸本茉夕、奈米 ]
振付・演出:小野彩加 中澤陽
音楽:Normal Brain『Lady Maid』(1981年)
主題歌:瀧腰教寛『カタルシスの夢』(2025年)
衣裳協力:ASICS WALKING
Photo by Junpei Iwamoto
国内ダンス留学@神戸11期 Newcomer/Showcase#1
小野彩加 中澤陽 スペースノットブランク
『フィジカル・カタルシス:ダンス作品第7番』
文:竹内厚(編集者)
あるジャンル、ある枠組みにまつわる暗黙の約束事みたいなのはたくさんあって、初見では驚かされてまごまごもするが、何度か通ううちにそんな約束事が存在していたことさえ忘れてしまって、その世界に慣らされてしまう。「だから、朝起きるたびに宇宙人としてこの世界に降り立った気持ちで1日を始めるようにしている」という独自の必勝法を教えてくれたアーティストもいた。でも、凡人にはそう簡単にはリセットできないのよ。およよ。
それと似た話のようで(実はちっとも関係ない話かもしれない)、ある作品を見る前にどれだけ事前情報を入れるかにも流儀があって、自分の場合はあまり入れない派。けど、今回はこのレビューを事前に引き受けていたことから、びびる気持ちもあってスペースノットブランクの事前インタビュー記事に目を通した。それが開演1時間前。読みはじめてすぐに、間違ったかなと思う。なんとなく想像していた誠実さがほとばしっていて、しかもかなり長めの文量。絶対に影響を受けてしまいそう。それでも事前に知れてよかったのは、第7番というナンバリングでも7作目の上演というわけではないこと。音楽には藤本由紀夫のサウンド・プロジェクトNORMAL BRAINのアルバムを使うこと。そして、フィジカル・カタルシスという方法論の詳細を理解することを放棄してもよさそうなこと。スペースノットブランクのふたりには明確な方法論があるらしいことを知れただけで十分だった。アーティストが作品をどうやって創作しているのか。そもそもダンス作品では謎めいた印象だけど、自分の性格としては眼の前の瞬間に気持ちが奪われがちで、構造に意識が向かないので、方法論の詳細な理解はいいやと割り切れた。

開演3分前に入場。いつものようにスタッフが待ち構えていて席へと誘導されるのだが、「よろしければ」ということで舞台上へ。そのまま舞台裏を巡って、舞台に準備された小道具の楽器までを手にとって見せてもらった後で、あらためて客席に降りて観客席へと案内された。手品師が「種も仕掛けもありません」と言うのは情報開示に見せかけた嘘なので、開演前のこの仕掛けにもつい警戒する。約束事をはずす約束事かと。素直じゃなくてごめんなさい。ただ、おかげで舞台作品につきものの緊張感をあらためて意識させられることに。こっち(観客)も緊張するし、あっち(出演者)も緊張している。いいも悪いもなくそういうものとして舞台芸術があるという当たり前を見直す時間でもあったのかもしれない。
で、おなじみの開演のアナウンス。なぜか前にふたり立ってるなと思ったら、それがスペースノットブランクのふたり。気づけばダンサーの名前から始まって、舞台監督、照明、音響…と一般的にはプログラムに表記されるだけのスタッフクレジットを読み上げている。先回りしていえば、上演が始まって場が温まってきたところで、舞台上のスクリーンにクレジットが背景として映し出される映画的な演出もあった。それが二度も。舞台をつくりあげているのは振付・演出・出演者だけでなく多くのスタッフがあってこそというとても公平な態度表明でありつつ、それを繰り返すことでコントじみても見えてくる。クレジットのあり方にはその世界ごとの約束事が詰まっていて、長い長いスタッフロールが慣例化している映画業界、自分が主に関わる出版業界では黒子に徹して名前を出さない美意識もまだ根強い、とか。今回のクレジットはちょっとかっこよかったし、ちょっと笑った。何事もゆるがせにしないことが大事やなって。

…と、作品上演の外側を書くことに文字数を割きすぎたかもしれない。といっても、今回は、国内ダンス留学という育成プログラムのただ中にいるダンサー達による成果上演。ゆえにスペースノットブランクとしても、作品が舞台上だけに留まるものではないことや、約束事にとらわれないで何を大事にするかは自分たちで決めていいことを懇切丁寧にダンサー達にも伝えたかったのではと受け止めた。国内ダンス留学というユニークすぎる取り組みの方向にも書き進めたいけど、きりがないので上演された舞台のこと、ダンサーの話に移ります。
舞台上のダンサーは6人。作品全体を通して6人それぞれの動きが同時多発的に行われる時間が多く、とにかく目が楽しい。一定の秩序の下でぐちゃぐちゃのゴチャゴチャという状況がいっちゃん好きなので。そのうち、どうやら各ダンサーそれぞれに決まった動きがいくつかあるらしいと了解されてくる。固有の動きだけでなく、共通の動きもあるようなないような…と早速あやふやなレビューになってきて申し訳ないが、6人で動きを揃えることなく細かな動きがかなりの速さで続いていくものだから。にぎやかな舞台を目で追いかけるのが精一杯で、当然、言語は置いてきぼりよ。

そして、だんだんと6人の個性が見えてくる。冒頭は鍛え抜かれたダンサー的身体というよりは、どこか頼りないくらいの身体にも見えていたのが、なんだか動きが明るい、体が柔らかめ、独特なプロポーションを活かしてる、体育会系というより文化系の雰囲気、みたいなことを通して、6人の識別ができるようになってくる。そもそも動きを表す語彙が貧弱なのも申し訳ない(というよりは、ここは言語が悪いと思う)けど、ダンス作品を見ているとバレエや舞踊の素地みたいなのは見えやすい一方で、そこばかり目に付いてしまうのも腹立たしいかぎりで。
ダンサーの身体を通した自己紹介と見ることもできた本作では、なんだか動きが地味、体が堅い(一般には悪口)といった印象だったダンサーたちも、作品後半になるにつれて、それが良さとして見えてきたのも収穫だった。個人的には、通り一遍で都合のいいところを順々に言っていく自己紹介の時間が嫌いで、普段から自分が関わる場では自己紹介の時間を省きがち。なんだけど、この舞台のような自己紹介が実現できるならいいと思えた。6人が一斉に自分のプラスもマイナスも含めて発してるようで。芯の強さと頑固さが動きに現れているようだったU、踊れる身体だからこその持て余してる感じも気になるV、ポジティブさを動きに自然と含ませることのできるW、動きすぎずとも視線を惹きつけられるXはもっと見ていたかったし、Yには色気や艶を前面化するのはこの時代難儀なことなのかもと勝手な方向へと思考が飛んでいき、非ダンスを志向するようなZのつまらない動きがだんだんだんだん面白いものに見えてきた。けど、1割も見れた気がしないのでもう一度見返したい。けど、それがかなわないのも舞台芸術のよさ。

6人の個性が浮き彫りになる作品でしたという要約するとつまらん話になってしまうけど、作品>ダンサーという作品も少なくないなか、作品=ダンサー(もっといえば=スタッフ)だったのは稀有なことかもしれないし、普段から人間識別解像度甘々な鑑賞者たる自分がここまで6人を認識できたのは珍しいこと。普段は、誰が誰やらわからないけどあの髪の毛をくくってた人が気になったな、くらいの解像度に生きているので。だから、ありがとう。よかったです(率直に)。
いそいで言い添えておくと、作品全体としては、ぐちゃぐちゃのゴチャゴチャがいっちゃん好きだと言っても、それだけでは70分もたないわけで、細かなアイデアは音響、照明、小道具、演出の面でもたくさん散りばめられていた。たとえば、対峙する2人、生ピアノ、ラップと朗読、過剰なシンガーソング、言葉遊び、動かない身体、裏側でのリセットなどなど。その世界の約束事を解体して、あらためて誠実な姿勢であろうとしたときに、ユーモアを損なってしまうこともままあって、けど、その回答もちゃんと用意されていて抜かりがなかった。
「エゴでなく、エコー響かせる」。舞台上で発せられたこの言葉、見ているその場で本作を象徴するような言葉として受け取ってしまい頭から離れず。せっかくなので脈絡なく最後に書き留めておきます。

「国内ダンス留学@神戸11期」の公演は2026年3月まで続きます。次回公演もぜひお立ち寄りください。
Newcomer/Showcase#2 橋本真那『In the Distance』
公演日:2026年2月7日(土)19時、2月8日(日)14時
詳細情報:https://db-dancebox.org/event/8887/
この記事に登場する人
竹内厚
1975年生まれ。月刊の情報誌Lマガジンから編集をはじめて、雑誌の休刊にともなって退社。現在は、ウェブマガジン「カリグラシマガジン うちまちだんち」をはじめ、フリーペーパー、雑誌などで京阪神を中心に編集・執筆を手がける。dBではマイペースな独自フリーペーパー「長田ルンバ」の編集に参加するなどなど。有限会社りすに所属。
2023年4月11日 時点
小野彩加 中澤陽 スペースノットブランク
二人組の舞台作家・小野彩加と中澤陽が舞台芸術作品の創作を行なうコレクティブとして2012年に設立。舞台芸術の既成概念と、独自に研究開発する新しいメカニズムを統合して用いることで、現代における舞台芸術の在り方を探究し、多様な価値創造を試み続けている。固有の環境と関係から生じるコミュニケーションを創造の根源として、クリエーションメンバーとの継続的な協働と、異なるアーティストとのコラボレーションのどちらにも積極的に取り組んでいる。2018年度から2020年度まで、調布市せんがわ劇場 ドラマ・エデュケーション・ラボDEL メンバー。2023年度、芸術文化観光専門職大学 ダンスワークショップ実習B 講師。同年度、吉祥寺シアター ダンス部2023 講師。同年度、DANCE BOX 国内ダンス留学@神戸9期 Dance Makers Camp I 招聘アーティスト。2023年度から2024年度にかけて、映画美学校 言語表現コース ことばの学校 第3期 演習科 創作クラス 専任講師。2025年度、MYOKO SKOOL vol.8 招聘アーティスト。2023年度より、Dance Base Yokohama レジデントアーティスト。
Webサイト:https://spacenotblank.com/
2025年4月7日 時点


