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【公演レビュー】国内ダンス留学@神戸11期Newcomer/Showcase#2 橋本真那『In the Distance』【文:竹田真理】

Junpei Iwamoto

国内ダンス留学@神戸11期 Newcomer/Showcase#2
橋本真那『In the Distance』

日程:2026年2月7日(土)19:00、2月8日(日)14:00
会場:ArtTheater dB KOBE

振付・演出:橋本真那
出演:伊村千奈美、植田円、許東鈞
音楽:伊藤耕太
美術:Liisa
映像:洪孟承
写真:鄧璞
イラスト:陳倩怡

▶︎公演詳細

Photo by Junpei Iwamoto

国内ダンス留学@神戸11期 Newcomer/Showcase#2
橋本真那『In the Distance』

–出来事からの距離をどう描くか

文:竹田真理

 

国内ダンス留学@神戸11期の3つのコースの一つ、滞在制作を試みる「クリエーション・レジデンス・アーティスト」の成果発表。演出・構成を手掛けた橋本真那は自らの体験をベースに創作にのぞんだ。国立台湾芸術大学で舞踊を学ぶため留学中だった2019年、香港民主化運デモが発生。香港出身の学生の切迫した様子や、現地台湾の学生らの反応を目の当たりにした橋本はこの出来事に強く影響を受けたという。日本に育ち、普通に生活している限り、政治的な出来事に関わることも関心を向けることも稀な日本出身の若いアーティストにとって、この異国での経験が表現者としての思考や感性を養う過程において、少なからぬ影響を与えたことは想像にかたくない。本作ではこの橋本の台湾での経験をもとに、これらの事象が私たちの日常と重なり合う場所として「道路」に着目し、舞台化のモチーフに仕立てている。タイトル『In the Distance』には、運動への単純な肯定/否定ではなく、出来事から距離を置くといったアイロニカルな感性が滲んでいる。この辺りの心境は事前のインタビューで読むことが出来る(https://db-dancebox.org/9587/)。出演のダンサーは同じく国内ダンス留学@神戸11期の別のコース(ダンス・レジデンス・アーティスト)の参加者から伊村千奈美と植田円、橋本の学友である台湾出身の許東鈞の3名。このほか音楽、美術、映像、写真、イラストのアーティストが協働し、メンバーは台湾出身者のほか香港、中国、ハンガリーなど様々なルーツの人で構成している。ダンスが正面から取り上げることの少なかった政治的事象にまつわるテーマと、東アジアの若き世代が結集したクリエーションチーム。この2点に注目しながら公演を振り返る。

 

劇場に入ると目に飛び込んでくるのは舞台美術。ステージの床に下手奥から斜め前方へと横断歩道の白線が引かれ、ステージの外にも道路が続くように張り出し舞台が設けられている。道路、路上、デモ、民主化運動、と連想が広がる設営だ。道路に最初に許東鈞が姿を現わし、白線上をしなやかに動いて町の往来や都市の息吹をいきいきと想像させる。バレエ、中国舞踊、コンテンポラリーダンスを学んだ許は、重心低めで歩幅を大きく取り、全身にストレッチを効かせたハイブリッドなムーブを連ねる。ホリゾントに投影される映像やノイジーな音響に呼応しながら、さらに大きく身体をしならせダイナミックに動いていく。暗転の後に走り出てくる植田円は、じゃんけんぽんの手振りなど無邪気に遊ぶ少女の振舞い。奥までいっぱいに空間を使い、フロアワークを多用して背面から足を高く立ち上げるなど、こちらものびやかで勢いのある動きが目を引く。上演はこの後、許と植田が道路横断歩道で出会う場面へと進む。許が手に持つ傘は「雨傘運動」(※1)からの引用だろう、その傘を楯にして植田と向き合い、互いに好奇心と警戒を交えて対峙する。二人の歩調が合ってくるとターンや回転が生まれ、一つの傘に入ったり出たり、蝶の戯れのような動きを見せるが、やがてそれぞれの方向へと分かれていく。道路は人々の日常があり、出会いがあり、人生が行き交うステージ。そんな発想が一連のシーンから伺えた。いっぽう張り出し舞台では伊村千奈美が気だるく体を崩しては立ち上がるアクションを繰り返し、停滞や不全感のような空気を滲ませる。道路の脇、舞台の壁沿いなど、常に中心から外れた場所にいる伊村は、状況や出来事を距離を置いて眺める傍観者だ。

(※1)2014年香港民主化デモの通称。本作が参照するのは2019年の民主化デモ。

 

このように三者三様の路上での動きや立ち方、振舞いは、「都市の息吹(本人曰く「ほこり、欠片、流れに沿う者」)」「無垢な少女」「傍観者」といった役どころを伝えている。それらは実際の舞台においては、踊るダンサー自身の身体性に大きく委ねた身体言語と、ダンス自体に多くの比重を割いた演出として現れ、普通にコンテンポラリーダンスの作品を見たという印象を抱かせる。背後に流れるウィーピーなギターの音色や、路上の風景を抽象的な光に加工した映像は、上演をエモーショナルな心象風景に還元している。これは事前にフライヤーやインタビューから予測された政治性や社会性をもった作品というイメージや、そうしたイシューを扱う際に自ずと帯びるドキュメンタリー性とは方向の異なるものである。いや、In the Distance――距離を置いて、距離の中に、と既に示されていたように、着想の源である香港民主化運動も路上のデモも、橋本はこれを渦中ではなく一定の距離の中で体験しており、その限りにおいて影響を受けた。この痛痒いような関わりの不可能性こそが主題化されたと見るのが正しいだろう。作品はこの後、「距離」を巡ってそれぞれの物語を進んでいく。植田の「少女」は許が体現する「都市の息吹」との接触を通して現実との距離を縮め、外の世界へと歩み出す。伊村の「傍観者」は苦悩や葛藤を経て、脱いだ上着を振り回すなどの動作によって、自身の殻を打ち破り、決断や再生を表現していく。舞台を後から検証すれば確かにそのような物語が進行していたことが見とめられる。ただ、他者と出会い、外部へと自身を開いていくといった作劇上の契機が、路上のドラマトゥルギーとして立ち上がってくることがなく、場面ごとの心象風景を描くダンスそれ自体の鑑賞に上演の意味が集約されてしまった。橋本によれば、今回のクリエーションでは出演のダンサーたちと初日にコンセプトを細かく共有し、同世代の若者たちが行った台湾や香港でのデモを参照した上で「どのように日本を見るか」という問いを起点に、日本に暮らすアーティストそれぞれが、戦争やデモ等の事象と自身の暮らしの距離感をどのように捉えているのかを模索することを目的としている。これほどの内容を講座の枠内という条件のもと、一か月という限られたクリエーション期間で形にするのは難易度の高い作業であったと推測される。今回の成果上演をプロトタイプとし、さらに作り込む余地のあることを建設的に捉えて修正や発展の可能性を考えたい。

 

ポストドラマ演劇が浸透した今日、舞台芸術作品は複雑な作られ方をするようになった。ドキュメンタリー演劇やレクチャーパフォーマンスなど多様な手法が試みられ、ダンスにおいても身体のみならず、映像、美術、テキスト、声、照明、音響、衣装など様々な舞台言語で組み立てられる上演が珍しくない。また政治的・社会的な主張や時代に対する考察など、身一つの表現といったダンスのシンプルな価値にとどまらない、多様な内容をもった作品が見られるのも現在の特徴である。本作ではシュプレヒコールの音声が流れるシーンがあるほかは、背景となった雨傘運動やひまわり学生運動(※2)への直接の言及はない。映像を担当した洪孟承が、台湾や香港の社会運動を直接経験していない観客に向けて、その背景を共有し作品を受け取るための入り口をひらく意図をもって構成した、ひまわり学生運動の写真を用いたインスタレーション作品をロビーで展示した。だが創作のベースとなった橋本の台湾での経験や、影響を受けた政治的な運動については、やはり作品の中で、何らかの形で言及する必要があるだろう。またそれを受け止めた橋本自身の思考や感情についても作中で存分に語ってこそ、陰画としての「距離」が描き出されるはずである。民主化運動のインパクト、デモの余波、自身が体感した台湾の状況や空気、そして自らの思考を、テキストの執筆や引用、台詞や発話、資料の参照など、考え得るあらゆる手段を駆使して語ってほしいと思う。

(※2)2014年台湾の学生と市民らが立法院を占拠した学生運動に始まった社会運動

 

ところで、アーティストたちとの協働はそれ自体が一つの運動体でもある。特に本作のように政治的・社会的な内容のある創作では、協働するアーティストたちと時間をかけてコンセプトを共有することが求められるだろう。本作でも様々な分野からのアーティストの参加があったが、この結集に橋本が台湾で培ったネットワークが生かされていたことには希望がもてる。国境を越えたコレクティブが形成され、東アジアにあたらしい舞台芸術の地図が描き出される、そんな予感を抱きつつ、今後の展開を見守りたい。

本作が主題とする政治とわれわれとの距離は20262月現在、まことに皮肉というべきか、かつてなく右派的な政権の誕生によって大きく変化しつつある。政治状況が他人事ではない危機として意識され、SNSは議論で溢れ、3月には国会前で憲法改正への反対を唱えるデモが実施された。このうねりは橋本の目にどう映っているだろう。新しい『In the Distance』が構想される可能性もあるのではないかと、ひそかに期待したくなる。

 

 

執筆者プロフィール/竹田真理

ダンス批評。関西を拠点に活動し、毎日新聞大阪本社版、国際演劇評論家協会関西支部評論紙「Act」、ウェブ媒体等に執筆。ダンスを社会の動向に照らし合わせて考察することに力を注ぐ。国内ダンス留学@神戸の成果上演は第一期からすべて見ている。

 

この記事に登場する人

竹田真理

東京都出身、神戸市在住、関西を拠点に批評活動を行う。毎日新聞大阪本社版、国際演劇評論家協会日本センター発行「シアターアーツ」ほか一般紙、専門誌、ウエブ媒体等に執筆。ダンスを社会の動向に照らして考察することに力を注ぐ。

2025年5月11日 時点

Tadayuki Minamoto

橋本真那

2000年神奈川出身。国立台湾芸術大学表演芸術学部舞踊学科卒業。東京藝術大学美術研究科先端芸術表現専攻在籍。他者を通じて自己を知ることを創作の軸に、主にコンテンポラリーダンスを用いたパフォーマンス作品の制作や交流プロジェクトの実施を行う。クマ財団8、9期生。急な坂スタジオサポートアーティスト。

2025年7月21日 時点

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