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【公演レビュー|竹田真理】Newcomer/Showcase#1 垣尾優×国内ダンス留学@神戸7期生「たん、たん、魂」

2021年10月に上演したNewcomer/Showcase#1垣尾優×国内ダンス留学@神戸7期生『たん、たん、魂』について、関西を拠点に批評活動を行う竹田真理さんにレビューをお書きいただきました。垣尾氏と7期生が作り上げたダンスや、そこで繰り広げられた唯一無二の世界観を紐解きます。(写真:岩本順平)

Newcomer/Showcase#1 垣尾優×国内ダンス留学@神戸7期生「たん、たん、魂」

 

国内ダンス留学@神戸の受講生による公開ショーイング、NEWCOMER/SHOWCASE。去る10月22日と23日、第一弾として垣尾優の振付による『たん、たん、魂』が上演された。ダンスを学びに新長田にやってきた7期生たちがカリキュラム開始後3か月目にして観客を前に作品上演を行う公演である。振付の垣尾にとっても他人の身体に振り付ける、しかも群舞を振り付ける経験としてチャレンジングな試みであったろう。ダンサー、パフォーマーとしてキャリアを積み関西のコンテンポラリーダンスに欠かせない存在である垣尾だが、作家としては近年の『愛のゆくえ』(2019)、『それから』(2021)で見せた自作自演のソロ・ダンサー/振付家としての異才、異能ぶりが多くの人を驚かせた。唯一無二と言われる垣尾の踊りは彼自身の身体性やパーソナリティと不可分に結びついているはずだが、その固有の身体言語を他の人に振り付ける、他の身体と共有することは、はたして可能だろうか。

 

垣尾の作品にはしばしばサルの人形が登場する。垣尾自身のアバターであり、より広範なヒトの祖先、人類や猿人の記号でもあるが、このモチーフは本作にもたびたび振付化されて現れる。まだ何者でもないダンス留学7期生たちと、ヒト全般に通じるプリミティブな身体像が、身振りするヒト、ホモ・サピエンスの原形となってグルーブ感満載のパフォーマンスを繰り広げる。

 

 

装置や美術の空間的な設えの何もない舞台に、ただ一つ、白い冷蔵庫が置かれている。最初に登場したダンサーは扉を開けて果物か何かを取り出すと、客席に背を向け、腰を低く落として構え、その何かをむさぼるように食す。内臓の蠕動のように背中がうねり、聞こえてくる咀嚼の音が少々過剰な生への欲望を横溢させる。

 

 

続いて現れたダンサーは舞台の奥に覚束ない様子で佇んでいる。音楽が入ると身体を捻りながら大きく横に一歩を踏み出し、カウントを無視して細かく刻むステップや何かをつつくような手の仕草など、出どころ不明の戯画的な振付をランダムに組み合わせて動く。ただ人が居るという以上の情報を与えないが、実に生々しい。

 

低音を効かせた部族的なリズムが鳴り、舞台裏から一人、また一人と他のダンサーも登場、6名全員が舞台に現れ、ここからユニゾンとそのずれによる群舞が展開していく。床に膝をついて一団となって進み、リズムが変わると一斉に腹ばいになる。すぐに引き上げ後方の壁際に走り寄ると、また仕切り直すようにリズムに身体をのせていく。

 

 

6名は全員薄手の白いランニングとハーフパンツを身に着け、何者でもないゆえに何にでもなれるニュートラルな体で動く。ダンス以前の人の身振りが、「そこにいる」という以上の何事をも表象することなく発露するダンスである。複雑に凝ったステップやフレーズ、意味ありげなコンタクトやバランスといった舞踊の語彙を用いない代わりに、言語以前のシンプルな動きや身振り、仕草、ぶれが6人の身体に粒立ちや泡立ちを生んでいく。

 

一つ一つの動きやそれらが脈絡なく連なった踊りに意味や物語はないのだが、両手を「耳」にして頭部に添える、手のひらを合わせて「お花」を作るなど子どもの遊戯の断片が現れたり、片手を頭上にのせてサルに、膝を折って這いながら爬虫類にと、動物を思わせる動作のモチーフが紛れ込んでいたりする。日常に素材を求めるというより、種のスケールの時間の中の人間や動物のありさまをフィクショナルな想像を交え滑稽味のある振付に仕立てている。空中でポーズを決める大きなジャンプをダンサーたちが順繰りに行う場面では、身体の記憶に内在する野性と生命力の発露を感じさせる。

 

 

これら雑多で多彩な動きを引き立てるのが垣尾自身によるオリジナルの音楽だ。複雑なリズムで舞台をダンスフロアに仕立てるエレクトロニカ、そのリズムを脱臼させるとぼけた調子の木片を叩く音。超現実界から届くかのような金属的な鍵盤楽器の響き。コンピューターソフトとシンセサイザーが作り出す架空の音がナンセンスの味わいを濃くする。音楽が切り替わるたびに群舞が変調して意味の発生が回避される。

 

音楽を主たる動機とする本作のダンスは、このナンセンスな音とともに無意味のコレオグラフィーを空間に配していく。ユニゾンは小集団に分かれ、小集団はさらに分散し、中の一人は冒頭2人目のダンサーの振付をなぞって動く。離れた場所では痙攣しながらのたうつように動く者がいる。集合と分散、集団と個、差異と反復、ユニゾンとずれ、振付と身振り、痙攣、ぶれ。シーンに中心を設けず、ピークは逸らされ、見る者の視線はあちらへこちらへと移動する。ダンサーがソロで、或いは集団で配され、それらも常に編制を変え、幾筋もの踊りの支流が生起し、変化し、交わり合う。非焦点的でつかみどころがないようでいて、その分散や「重ね」や「ずらし」に垣尾に特有の文法がある。

 

 

意味はなく、非焦点と述べたが、その中でドラマトゥルギーの鍵となるのは冷蔵庫の存在だ。白い無機質の直方体は野生への扉、あるいは物語の詰まった謎のボックス。冒頭のダンサーが取り出して食したものは人類にダンスを教えた禁断の果実だったのかもしれない。何もない舞台で直方体の物体はダンサーたちの寄る辺となる。彼/彼女らは冷蔵庫周りに集まり、くつろいだりリズムに身体を震わせていたり。やがて中から果実と見紛うもの(実際はテニスボール)を無数に取り出すと、その上に冷蔵庫を横倒しにし、舞台の前面をゆっくりと運ぶ。空間に動線が生まれ、前景と後景が構成され、舞台に高低差が出来て、ダンサーたちは冷蔵庫の上に乗ったり周囲に侍(はべ)ったり。裏側にいる誰かの脚が天辺から突き出ている。そうした様子はさながらサル山の猿たち、或いは動物の群れを思わせた。動物園の生き物に「いったい何をしているのか」と尋ねることなどないように、観客はそのしどけないありさまをただそのようにあるものとして見る。そうしてこの冷蔵庫周りは舞台上の一つの「景」としてコレオグラフィーの配置の一部に含まれていく。

 

 

ところでこの冷蔵庫については終盤に思わぬ展開が待っている。倒したままの冷蔵庫は中央奥の壁前に据えられ、照明が照らして祭壇になる。ダンサーらは祭壇に向かって静かに身体をゆらし(6人の背中が同調してゆれる様子は美しかった)、やがて冷蔵庫をあらためて舞台の中央に立てるが、これがモノリスに見えたのは私だけではないだろう。言うまでもない「2001年宇宙の旅」のモノリス、人類の進化と滅亡の運命と歴史の記憶体だ。ダンサーたちは冷蔵庫の背後に身を隠す。直方体にしまい込まれたのだ。一人残ったダンサーのもとに天井から小さな物体が落ちてくるが、この物体はティッシュペーパーの箱。冷蔵庫=モノリスと相似形の直方体だ。ダンサーは箱を拾い上げると、バイオリンを弾くように肩に乗せ、ティッシュペーパーをはらりと取り出す。奏でる音楽のように、謎の冷蔵庫からダンスが生まれる人類の歴史の始まりを思わせる。『たん、たん、魂』に散りばめられたモチーフはここに回収される。胸のすくような着地点だ。

 

 

本作におけるダンサーたちは技術と経験の少なさがマイナスとは映らず、垣尾の振付言語においてはむしろ雑多でにぎやかな身体としてポジティブにはたらいていた。既存のテクニックに拠らないニュートラルな身体のそれぞれから腹に落ちた動きが生まれる様子は、舞台上の現れがすべて順接で結ばれ大きな流れの中にあるような共鳴を呼び起こした。振り付ける/振り付けられる一方向の関係ではなく、稽古の場でたくさんの話をしたという垣尾と7期生たちの相互的な関係、コレクティブな時間の積み重ねが、彼女ら彼ら自身の身体の言葉=振付として現れたのだろう。解放された自由で自然な身体はどこかヒトとしての進化の道のりと共振しながら動く喜びを横溢させ、動きの波立ちや粒立ちを起こしていく。出会って3か月の学びの只中にあるこの時の6人であればこそ生み出し得たこの上なくダンサブルな時間だった。(了)

竹田真理

この記事に登場する人

竹田真理

東京都出身、神戸市在住、関西を拠点に批評活動を行う。毎日新聞大阪本社版、国際演劇評論家協会日本センター関西支部発行の評論紙「Act」ほか一般紙、舞踊・舞台芸術の専門誌、公演パンフレット、ウェブ媒体等に執筆。舞踊史レクチャー講師、批評講座講師。ダンス表現を社会の動向に照らし合わせて考察することに力を注ぐ。

2023年3月23日 時点

垣尾優

モダンダンスや大野一雄の舞踏などに強く影響を受けながら、音楽や哲学、映画やストリートカルチャーなどの現代の様々な分野の表現にも影響を受け、独自に解釈し身体化した動きに定評がある。
山下残振付作品『透明人間』、岡登志子主宰Ensemble Sonne作品、松本雄吉+ジュン·グエン=ハツシバ + 垣尾優共同制作『sea water』、砂連尾理振付作品『猿とモルターレ』、JCDN国際ダンス・イン・レジデンス・エクスチェンジ・プロジェクト 日本/フィンランド共同制作 エルビィ・シレン 及び 日本/米国共同制作ノーラ・チッポムラ日本滞在制作公演、等に出演。
2006年から2009年までcontact Gonzoとして活動。
FIDCDMX (メキシコ) ソロダンスコンペティションに選出 (2018) 。Dance Boxにて垣尾優ソロダンス『愛のゆくえ』 (2019) 、京都国際舞台芸術祭 2021 SPRINGにて『それから』を発表。京都精華大学非常勤講師 (2022 後期 表現研究II) 。

2023年4月16日 時点

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