振付家インタビュー#3 森下真樹さん、中村駿さん
「Newcomer/Showcase#3」では、森下真樹振付『ベートーヴェン交響曲第9番を踊る』を上演します。本作品を森下スタンドのメンバー以外が踊るのは初めての試み。8期生とアソシエイト・ダンサーの貪欲な姿勢に森下さんが応える形で、今回「第九」全楽章に挑むこととなりました。11月に行われたリハーサル第1弾の最終日の夜、森下真樹さんと振付助手・演出助手の中村駿さんにお話を伺いました。
(トップ画像:岩本順平)
───今回の作品はどのような経緯で生まれたものでしょうか?
森下:2016年に「オーケストラで踊ろう!」という市民参加型のプロジェクトの振付演出をさせていただいたことがあり、そのときにベートーヴェン交響曲第3番『運命』と運命的な出会いをしました。9歳から77歳までのバラバラなカラダでみんなが1つのところに向かっていくエネルギーがすごくて、私はそれを客席で見て初めて踊りを見て泣くという体験をしました。それで次は自分が『運命』をソロで挑戦したくなり、4人のアーティストに各楽章の振付をお願いして「ベートーヴェン交響曲第5番『運命』全楽章を踊る」を上演しました。ベートーヴェンの音楽はすごく踊りと合うというか、ドラマになるなと。交響曲1から9まで全部振り付けして踊らずには死ねないと思っていて、なぜか早々に『第九』に手をつけてしまったという感じです。『運命』でのソロに対して、第九では群舞で対比を見せたいというのと、誰もが知る絶対的な音楽に身を委ねてみたいという思いがありました。
───「第九」という大曲をダンスにするとき、何を手がかりに振付がつくられていったのでしょうか。
森下:まずは音楽そのままのイメージを可視化してみたい(特に第二楽章)のと、音楽と拮抗するカラダをどうすれば見せられるかということが一番のテーマでした。第二楽章は、すごく疾走感があるので、まずはここでカラダを疲れさせたい、余力あるカラダの向こう側にいってみたいと思いました。第三楽章になるとガラッと穏やかな音になりますが、音楽を深掘りして行けば行くほど、ベートーヴェンの人物像のイメージが湧いてきて、第三楽章ではそれを描きたいと思いました。
中村:作中の“這いつくばる人物”も、最初は正体不明でしたが途中から“ベートーヴェン”と呼ばれ始めましたね。ベートーヴェンの人生がいつの間にかクロスフェードして作品に入ってきた印象です。
森下:「苦悩を乗り越え歓喜へ、逆境を乗り越え新境地へ」というのがまさにベートーヴェンのテーマだと思っていて、どんなカラダでドラマを見せられるかを、全楽章通して挑みたいです。第一楽章は何もない宇宙から地球が、そして、生命が誕生するところから始まります。第二楽章は、そこから秩序が生まれ人間社会になるという流れです。そしてベートーヴェンが生まれて、第三楽章はベートーヴェンの人生の一部を「こんな感じだったのかな?」と勝手に描き、そこからベートーヴェンが世界を描いていくというように進んでいきます。実際にカラダで色々と試して、脱線しながら最終的にこの形になりました。
───森下さんの振付の遊び的な要素がとても魅力的だなと思っています。どのように動きを作られているのでしょうか?
森下:私にとっての振付は、ダンサーのスイッチが入る場所を探して、動くきっかけを渡す作業だと思っています。細かい動きを渡すだけではなくて、この人にはもっとなにかがあるよな、何を投げたらどんなものが返ってくるのかなというものを探しています。
中村:すでに今回も、そうしてできた動きがありますよね。真樹さんの前だとできる、これもやってみようと思える、思わせてくれるというのが、真樹さんの押すスイッチなのかもしれない。
森下:その人から出てくるものをどれだけ拾いあげて、広げていけるか。その時その場でこの人たちが踊るからこそできることを探していて、みんな私にとって替えの効かないダンサーだと思っています。だから、決まった振付自体は、決してそれが一番ではないんです。それぞれの面白さが見えてくるための、1つの道具として動きを渡していて、そこからどうはみ出ていけるか……(はみ出るってどういうことでしょうかね……。振付を忠実に踊ることももちろん大切ですが、ただ踊りこなすのではなく、振付におさまらない、振付を壊すくらいのパワーが欲しいということでしょうか。でも振付は守って欲しいのですが
───森下さんにとっての音楽の存在についてもお伺いしたいです。
森下:私は音楽に対してはすごく嫉妬と憧れがあって、音楽そのものになりたいという思いでずっと踊っています。音になれないもどかしさをバネにして踊っているので、満足することはありません。だから、無音で踊るのが一番好きです。すごく自由なので。(立ち上がってしばし踊る)無音で踊るとき、自分のなかには音がずっと流れています。無音だとこうして自分のペースで音を立ち上げて空間を満たしていける。リズムを作ったり、みんなで声を出して音を作ることも好きです。音がゆくゆくは音楽になっていく。それをカラダでやっている感じです。どんな音楽に振り付けをしても、最終的には音楽の色がその作品の色になり支配されてしまうような、もどかしい気持ちを常々持っています。だからこそ第九を踊るのは、その圧倒的な音楽を目の前にした時に自分はどのようにいられるのかというチャレンジなんです。
───2019年の初演、昨年の徳島と宮古での上演を経て、今回初となるカンパニーの外でのクリエーションですが、どのようなアプローチを考えておられるでしょうか。
森下:8月のWSオーディションの時から皆さんガラッと変わっていて驚いています。全楽章を振り写すかどうか決めかねていたのですが、リハーサル初日でこれはもう全楽章やるぞと思わされました。みんなすごく前のめりで食いついてきてくれる。だからもっといろんなことができるだろうなと。具体的にはまだ言えないですが、全体がスケッチできてきたので、次には遊べる箇所をイメージしてやってみたいです。それぞれのダンサーの普段とは違う姿を見せたい。遊ぶためには、振付をとても強固にする必要があります。私自身は、自分に振り付けて1人で踊ってきた時代が長いですが、自信をつけるためにすごく稽古を重ねます。本番ではそれをどれだけ壊して飛んでいけるか。だからまずはその強固なものを作るために、みなさんにはひたすら踊り込んでもらいたいです。
中村:このメンバーなら、作品と向き合ってきついところまでちゃんと行けるなと思いますね。
写真:岩本順平
───8期生とアソシエイト・ダンサーの印象を教えてください。
森下:とてもまっすぐでひたむきですね。投げたものにバっと飛びついて、何の迷いもなくそこに向かっていける若さとエネルギーが羨ましいです。メンバーの普段見ない姿を見ることでお互いに刺激しあって、前に前に来てくれている感じがします。あとは皆、よく笑いますよね。
中村:みなさん年齢や経験も違うのに、同じ熱量で向かってきてくれるのが嬉しいです。リハーサル中の真樹さんの言葉や実演に対しても、みなさんのキャッチ力がすごいですよね。
森下:すごく受け止めて返してくれる。皆さんとのキャッチボールが刺激的です。いろんなものを投げていいんだなと思えるし、均一じゃない遊びのあるキャッチボールができていると思います。
───最後に作品の見どころを聞かせてください。
森下:“生きているカラダ”ってすごいなと思える作品だと思います。ダンサーたちが生きているという実感をもって踊り、それを見る観客も、いろんなカラダがあっていろんな人がいていいんだな、だったら自分もやりたいことを精一杯やってみようとか。見た人が次に進むきっかけになるといいなと思いますし、ダンサーは音楽にしがみつきながら、音楽と拮抗するカラダの挑戦をして、しんどいけれど生きてるって最高だなと思える作品にしたい。
中村:真樹さんが作る第九は、ぽろっと人が見えてくる。それが予定調和ではなく、素直に出てきたものが見えたらいいなと思います。
森下:でもダンサーズはそれをわざわざ見せようと思う必要はなくて、今あるこのカラダで全力で音楽と闘って、そこに向かって行ってくれればいい。自分との闘いになるわけですね、踊るということは。多分そういうカラダが、すごく人を惹きつけるのだと思います。
写真:岩本順平
12月に入り、いよいよクリエーション第2弾が動き出しました。ダンサーは一瞬たりとも音を逃すまいと、力強くも緻密な第九の振付に喰らいつく勢いでリハーサルに励んでいます。今を生きる私たちが、それぞれの身体をもって劇場に集い、「歓喜の歌」を奏でるそのひとときを分かち合えれば幸いです。そして、これからの時代にそれぞれの身体で立ち向かおうと奮闘する彼らの確かな一歩に、ぜひお立ち合いください。
この記事に登場する人
森下真樹
幼少期に転校先の友達作りで開発された遊びがダンスのルーツ。これまでに10か国30都市以上で作品を上演。様々な分野のアーティストとコラボし活動の場を広げる。100人100様をモットーに幅広い世代でワークショップや作品づくりを行う。市民参加型プロジェクトで偶然ベートーヴェンに出逢い、以降、自身のソロ「ベートーヴェン交響曲第5番『運命』全楽章を踊る」(演出振付家 MIKIKO、俳優・ダンサー 森山未來、写真家 石川直樹、舞踏家・振付家 笠井叡が各楽章を振付)や、森下スタンドによる群舞「踊れ、第九!」などを展開。周囲を一気に巻き込み独特な「間」からくる予測不能、奇想天外ワールドが特徴。2014年第8回日本ダンスフォーラム賞を受賞。2015年〜2017年(公財)セゾン文化財団シニアフェロー。(公財)地域創造公共ホール現代ダンス活性化事業支援登録アーティスト。http://maki-m.net/
2023年4月8日 時点
中村駿
高校入学と同時にダンスを始める。ブレイクダンスをルーツとし、大学時代からコンテンポラリーダンサー・振付家として活動を開始。学校、空港、海外でワークショップを行ったり、街中や競馬場でのパフォーマンス、MV出演、オペラ振付と幅広く活動している。
長塚圭史、近藤良平、森下真樹、遠田誠、鈴木ユキオ等著名振付・演出家の作品に多数出演。
横浜ダンスコレクションEX2014 コンペティションII 最優秀新人賞受賞。
「SAI International Dance Pre Festival 2017」SAI Award (1位)受賞。
東京2020オリンピック開会式出演。
2023年4月6日 時点