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【AIR】
滞在アーティストに聞く:ジェイスン・ハワード

現在、シカゴを拠点に活動するダンス作家、ジェイスン・ハワードさんが、「DANCE BOX × LINKS HALLエクスチェンジ・プログラム」の一環で来日中。2025年に発表予定の新作に向けて新長田で滞在制作を行っています。今回で新長田滞在6回目となるジェイスンさんに、新長田の印象や新作の内容などについてお話を伺いました。

(トップ画像:岩本順平)

新長田とシカゴでの日々について

 

横堀:2017年の初来日から6年が経過しましたが、新長田の印象を含めて、ジェイスンにとって変わったなと思うことや変わらないなと思うことはありますか?

ジェイスン:家族連れの若い人たちが増えた気がします。おそらく新長田は手頃なので、大阪や東京などの大都市に住むのではなく戻ってくる人が多い。あと、私の日本語も初来日よりは上手くなっているので、コミュニケーションが取れるようになっていますかね(笑)会話を長く続けられる訳ではないですが、必要なものは手に入れられます。知っている日本のダンサーや友人も増えました。

横堀:ジェイスンが今回作品を作ろうと思って、ダンスボックスを選んでくれたことがすごく嬉しいです。作品を作る上で新長田がどういう影響を与えていると思いますか?

ジェイスン:シカゴでは常に急いでダンスを作っている気がします。しかし、新長田では時間をかけてリサーチして、その結果何が生まれてくるかをじっくり考えられています。シカゴでは自然の中で練習できる場所がないので、舞子駅近くの公園に行ったのはとても良い体験でした。六甲山で練習したり、滝で撮影したり、ということも考えています。何故かはわからないですが、そういうものが私を呼んでいるのです。また、締切に追われることなく、作品自体がゆっくりと呼吸できます。梅雨が明けたらもっと外で練習できるでしょう(笑)私は物静かな人間なので、新長田の静けさとどこか共鳴するものがあります。最終的にどのような形で作品に現れるかわかりませんが、どこか作品の根底に流れていると思います。

横堀:私は新長田はうるさいと思っていたんですけど(笑)

ジェイスン:シカゴの方がはるかに騒がしいです(笑)

横堀:シカゴではとても忙しいんですね。

ジェイスン:何かを創作したり、ダンスを作ったり、書類を締切に間に合わせたり、リハーサルのスケジュールを調整したり、ワークショップをしたり、批評を書いたり、公演を見に行ってフィードバックしたり…。とても多くの作業をしているので、自分の作品に集中する時間がありません。アメリカでは振付家に限らずほとんどのアーティストが複数の仕事をしています。ダンスの創作にこれらは必要不可欠な作業なのです。だから私は制作者みたいですね(笑)

横堀:6回目の日本滞在も3週間が過ぎましたが、ここまでどうですか?

ジェイスン:とても順調にいっています。マリオと一緒に城崎、東京、京都に行ってダンスを見たり、舞踏のワークショップを受けたり、多くの場所に行きました。今作っているダンスに関しては、色々な方向性を考えています。シカゴでも色々な方向性を考えることはありますが、公演に間に合わせるために早い段階で1つの方向性を選択しないといけません。

横堀:舞踏のワークショップ(6月7日実施)はいかがでしたか?

ジェイスン:とても素晴らしく、楽しかったです。ワークショップの最後に感想を述べたのですが、私は普段から物事を詩的に考えるので、ワークショップと今行っているリハーサルに共通点と相違点が興味深かったです。

 

 

新作について

 

横堀:では、今作っている作品についてお伺いしたいと思います。まだ方向性などゆっくりと考え始めた段階だとは思いますが、もし現段階でのアイデアなど一部分でも良いので教えてください。

ジェイスン:即興ベースになると思います。三島由紀夫を読んだことがきっかけなのですが、アメリカの哲学者が書いた論文の中で彼を「審美的テロリスト」と呼んでいます。本質的には「美しさ」や、様々な哲学的理論の中で善悪がいかに美しくなれるか、そして、三島由紀夫の作品に見られる「美」について考えています。彼の多くの詩をベースに様々な即興的なスコアや断片的なアイデアを試しているところです。これらが最終的にどのような形になるのかはわかりません。あと、最初のミーティングで「ブラック・フュージティビティ(Black Fugitivity)」のコンセプトについて話していたのですが、今行っているリサーチや実験がそのコンセプトとどう関係しているのか理解しようとしています。「ブラック・フュージティビティ」は、本質的には存在を望まれない者たちがいかにして世界に存在するか。その存在を嫌う世界でどうやって生きるのか? そして、存在するためにどのような自由を作るのか?といったコンセプトです。

横堀:それは、近年「ブラック・ライヴズ・マター(Black Lives Matter)」で社会化した​​黒人に対する人種差別抗議運動がありますが、歴史的にはアメリカの奴隷制と繋がっているのですか?

ジェイスン:はい、奴隷制の歴史です。そして、近代の奴隷制。鞭や鎖、プランテーションなどはもうありませんが、奴隷制は今日も存在しています。ただ、見えないだけなのです。

横堀:日々生きるシカゴで、そういった目に見えない近代の奴隷制を感じますか?

ジェイスン:黒人、ヒスパニック、有色人種…彼らのほとんどは貧困層です。なぜなら、白人やヨーロッパ人がヒエラルキーの上位に位置し、様々な物事を支配しています。そのような世界でマイノリティーが変化をもたらすことは難しいのです。白人がトップにいる世界で、抑圧されているように感じます。またアメリカでは、国、政府、州、地域も芸術に対して資金を出しません。なので作品を作ることは多くのアーティストにとって大変なことです。それに加えて、黒人や貧困層への警察による暴力や「フードデザート」もその貧困層の中にあります。だから、生きるための別の方法を見つけなければなりません。それを「ブラック・フュージティビティ」と呼んでいます。

横堀:「フードデザート」とはなんですか?

ジェイスン:周りに食料品店がなく、新鮮な食品、例えば良い品質のお肉やシーフードが手に入らない地域のことです。手に入るのは、糖尿病や他の病気を引き起こすジャンクフードだけ。

横堀:なるほど。今回作ろうとしている作品は、そういった一人では抗えない社会の強固な構造と関係しているのですか?

ジェイスン:そうです、社会構造とアメリカ。この作品を観た人達にどのような変化をもたらすのかはわかりませんが、このような問題を浮き彫りにするでしょう。また、これまで自分が作ってきたダンスについて考える時、私はそれらを「自由の実践」と呼んでいます。私の作品を見た人たちが、彼らの普段の生活の中で「自由の実践」を行う方法があり、その実践を続ける限り物事はゆっくりと変化していく、と理解してくれるのではないでしょうか。

 

 

自身が持つ身体の独自性を探求すること=「自由の実践」

 

横堀:ダイキとアランという、異なるバックグラウンドをもった二人と創作していますが、それがジェイスンにどのような影響を与えているか教えてください。

ジェイスン:ダンサーと創作するとき、必ずしも技術ではなく、彼らの中身、そしてそれをどう引き出すかに興味があります。エネルギーを引き出し、それをどう創作していくか。そのエネルギーが集団、トリオ、デュエットの中でどのような相互作用をもたらすか。アランはとても簡潔で明確なのですが、ダイキがアランの振付を学んでいる姿を見るのは面白いです。ダイキにはバレエのバックグラウンドがありますが、アランの振付が彼の身体の中でどう作用するかを彼自身が理解するために、バレエを完全に捨てなければなりません。それは、単に同じ動作をコピーするより面白いのです。自身が持つ身体の独自性は何なのかを探求することは、「自由の実践」の方法を見つけることでもあります。この身体のリサーチを通して、異なる二人の個性がダンスの中で共存しています。異なる二つのものが一緒になり共に考えることが、全体を作り出しているのです。私はそれを振付的に捉えています。私は多くの物事を詩的に考えるので、ダンス自体を一つの世界として考えています。その世界では、二つの異なるものが必ずしも一緒にならないことがありますが、今私が作っている世界で、少しずつ彼らの関係性が一体となっていっていると感じます。

横堀:ジェイスンは踊りますか?

ジェイスン:まだわかりません。9月のリンクスホールの公演は、2025年の本公演のプレビューと位置付けていますが、そこでは友情出演的なことをするかもしれません。

横堀:じゃあ、ダイキとアランがメインで舞台に立つんですね?

ジェイスン:9月のリンクスホールの公演では、シカゴのダンサーたちも踊ります。

横堀:シカゴのダンサーは何人ですか?

ジェイスン:3人、もしくは4人。加えてダイキとアラン。そしてジェイスン。9月は出演しません。でも本公演では、おそらく出演するでしょう。

横堀:タイトルはありますか?

ジェイスン:はい。プロジェクト全体のタイトルは「The Righteous Beauty of the Things Never Accounted for」(仮邦タイトル:「見向きされたことのない物事の道徳的な美しさ」)です。

横堀:7月のワーク・イン・プログレス公演も同じタイトルですか?

ジェイスン:もしタイトルをつける必要があるなら、何か別のものになるでしょう。

 

ジェイスンのダンスバックグラウンド

 

横堀:最後に全然違う質問になりますが、ジェイスンが一番最初にダンスに出会ったのはいつですか?

ジェイスン:子供の時は、親からよくティナ・ターナーが好きだと言われていたので、彼女の動きを真似ていました。小学生の時、体操や武道を習いたかったのですが、経済的余裕もありませんでした。なので、何かやることとして色んなミュージック・ビデオから振付を学んでいました。そこから高校生になって、ギリシャ発祥のステップチームに入りました。「ステッピング」と呼ばれているジャンルですが、高校にそのチームがあったので入りました。17歳の時、通っていた学校がマグネット・スクール*に変わり専攻科目を選ばないといけなくなったので、ダンスではなくクリエイティブ・ライティングを専攻しました。ただ単にダンス専攻で唯一の男性になりたくなかったからです。でも大学ではダンスを専攻しました。ただ、ほとんどの黒人の子供は早い段階でダンスと触れる機会があると思います。黒人の家族は、家族が集まるイベントや同窓会などで自然と踊るのです。あと他には、ファティマ・ロビンソンのパフォーマンスが好きで、ミュージック・ビデオを見ながら踊っていました。彼女は私が好きだったアリーヤというR&B歌手の振付をたくさんしていて、そのミュージック・ビデオから振付を学びました。子供時代に限らず、その二人が一緒に創作していることが重要でしたし、振付家になるインスピレーションを与えてくれました。

横堀:本日はありがとうございました。

 

*マグネット・スクール:アメリカ合衆国発祥の公立学校の一種。魅力的な特別カリキュラムを持ち、郡や市、学区あるいは周辺地域に至るまで広範囲から子供たちを磁石(マグネット)のように引き付ける学校という意味で命名された。公民権運動と深く結びついており、特定の人種に偏らない学校を作り人種差別や格差社会といった経済・社会問題を解決する一手段として生まれた。

この記事に登場する人

J’Sun Howard

ジェイスン・ハワードはシカゴを拠点に活動するダンス作家です。ミシガン大学でダンスの修士号と、ワールド・パフォーマンス研究の修了証を取得。彼の作品は、Links Hall、Ruth Page Center for the Arts、Steppenwolf Theatre Company、Defibrillator Performance Gallery、CANDY BOX Dance Festival、Patrick’s Cabaret (ミネアポリス)、Danspace Project、Center for Performance Research(ニューヨーク)、Detroit Dance City Festival (デトロイト)、New Dance Festival(テジョン/韓国)、ArtTheater dB KOBE(神戸)にて上演されています。2023年5月20日から8月1日まで、DANCE BOX(新長田)に滞在して新作を制作します。

2023年5月24日 時点

横堀ふみ

神戸・新長田在住。劇場Art Theater dB神戸が活動拠点。ダンス・プログラムを中心に、ほぼ全ての作品/企画を新長田での滞在制作によって実施する。同時に、世界の様々な地域をルーツとする多文化が混在する新長田にて、独自の国際プログラムを志向する。新長田アートマフィア仕掛人・構成員。日越の文化芸術交流を目指したユニット「VIAN」メンバー。京都市立芸術大学非常勤講師。
photo by Junpei Iwamoto

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