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【9期成果上演】 振付家インタビュー① 安永ひよりさん、児玉北斗さん

「国内ダンス留学@神戸」では、2024年3月9日・10日成果上演として、9期コレオグラファーの安永ひよりとハラサオリによる新作2作品を上演します。今回は、『橋の上をおよぐ』を振り付ける安永ひよりと、今作のメンターを務めていただく振付家・ダンサーの児玉北斗さんに、作品や創作についてのお話を伺いました。

(撮影:Yu Suzuki)

▶︎ハラサオリ×塚原悠也 インタビュー はこちらから

今回の作品をつくるまでの経緯 「暮らせなさ」という感覚について

 

―――今日はありがとうございます。まずはこの作品を作り始めるきっかけから聞かせてください。国内ダンス留学に参加すると決めた時点から、この成果上演で新作を作ることを見据えて7月から取り組んできたと思いますが、どんなことを考えて過ごしてきましたか?

 

安永:ダンス留学に参加することになった時から漠然と、「まち」のことを観察してそれを作品にしたいと思っていて、当初は、まちの人と一緒に踊るとか、まちに出て踊ることを考えていました。というのはやっぱり、踊る体やダンスがどこから生まれるのか、「何がダンスか?」ということを考えた時に、日常の場所とか「まち」に興味があるんだと気づきました。新長田を全然知らないなかで、そういうことをぼんやりと考えていました。

 

 

 

―――新長田に来る前からそういう興味を持っていたんですね。実際に新長田に来てみて、作品を作るという意識で見た時にどうでしたか?

 

安永:実はここにやって来た途端に、どうしたらいいかわからなくなったんです。「まち」でつくるとは言ったけど、それはたとえば川の水がどこから来ているかとか、昔ここがどういう場所だったとか、そういうこととは少し違うなと感じていました。

 

児玉:何が違ってました?


安永
:ここの土地を知りたいけれど、それは土地の歴史というより、ここでどう暮らしているかの方に興味があったんです。私にとって最初は「暮らすこと」自体が大変でした。ダンスボックスとシェアハウスの行き来になってしまって、「まち」をどこで感じたらいいのかわからない。「暮らす」とはどういうことだろうとすごく考えて、いろんなことをしてみました。スーパーに行くとか、散歩するとか、喫茶店に行く、銭湯に行く、ゴミを出す、コンビニに行く、バイトをする、そうやって頑張って暮らそうとしてみたんです。「暮らす」ってなんだかわからなくならないですか?

 

 

 

児玉:知らないまちでの暮らしを日常にするのって難しいですよね。僕は特に、海外に出たときは圧倒的に外国人という意識が強かったですし、自分としては暮らしているつもりでも、周りからすればやっぱり「あの人は外から来た人だ」と認識されていたと思います。でもそれを利用して、ある意味身軽にいろいろ移動してこられたのかなとも思う。だから、ひよりさんの言う“そこに暮らしてみることの難しさ”というのはわかる気がする。逆に、暮らしてしまうと観察できなくなるところもあって、アーティストとしては外からの目線でいることも大事なのかも。

 

安永:最初は、自分がプカプカ浮いてる感じだったんです。聞こえてくる言葉にも方言があったり、人の態度にしても私が住み慣れてきたところとは全然違っていたり。家同士が近いことや、洗濯物を人に見せちゃうこととか。それに慣れきってはいけないという感覚も確かにありました。自転車で近くを回るのが好きなんですが、回りすぎると知りすぎてしまうから、自転車ではあえて同じような道をとおって、歩く時だけちょっと散歩したりしていました。だんだんと、そういうまちに浮いている感覚が気になり始めました。

 

 

 

児玉:そういう意味では、「暮らせなさ」が創作プロセスにも出てきているんですかね。出演するダンサーは2人とも関西出身でしょ?長野さんは神戸で、森岡さんは大阪。そこのギャップもあるのかなと。ひよりさんの違和感みたいなものは、ダンサーたちとは共有しているんですか?

 

安永:もちろん出演をお願いする時から、2人とも関西出身だと言うことはわかっていました。この感覚について話してはいたけど、私と同じ体験をして、共感してもらいたいとは思っていませんでした。2人もまちにいる1人の人として存在して欲しいのかもしれません。それと、私がつくる中で、作品がまちに対してリアルじゃなくてもいいんだと気づいたんです。

 

児玉:たしかに、ここにいる人たちは出身地も様々だったり、場合によっては日本じゃないところから来ていたりしていて、別にみんなが同じように「まち」を背負っているわけではない。だから「まち」をひとつのものであるかのように語ると、それもまたひとつフィクションになってしまうのかもしれないですね。

 

 

 

安永:もうひとつこのまちの面白いところは、家が密集していて路地があって、すぐ隣には高速道路が走っていて、山があって海があって、100年ほど前から建つ長屋が密集していて、道路を挟んで反対には新しいマンションがいっぱい建っていて。ひとつの地域に同時に存在するはずのないような、相反するものがすごく沢山詰め込まれている。そういう風景のほうに意識が向き始めました。なんでこれがここにあるんだろうとか、何でこの人ここにいるんだろうとか。

 

児玉:うん、いろんなものが当たり前の顔をして居座っているというか。共存しているというと綺麗になっちゃうけど、そうじゃなくて、「ここにいますけど何か?」という感じですよね。
でも、そういったことをダンス作品にまとめる困難もあると思います。自分だったらどうやって手をつけるだろうなと。今ひよりさんのクリエーションでは、ダンサー2人が各々の見た風景から記憶しているものごとを語っていく、つまり過去の出来事を言葉と身体で上演していくような感じですが、これはどういうときにやってみようと思ったんですか? 見たものを語りながら動くという方法にたどり着いたきっかけや、何を面白いと思っているかについて聞きたいです。

 

「“景色”をつくりたい」
作品であらわしたいものと、それを“ダンスにする方法

 

安永:以前、9期とアソシエイト・ダンサーのみなさんに向けてワークショップをする機会があって、そのときに自分がどうやって踊っているのかを改めて考えたんです。大学時代から日常の動作に興味があり、研究をしていましたが、例えば、お茶を飲むという“動作”を発展させるのではなく、お茶を飲むという“出来事”を詳細に見ることで、動作以外に、周りの情景がみえてくることに気づきました。今回はそれを動きのヒントにしたいと思い、どうやったらこれを人に伝えられるかを考えました。
Dance Makers Camp (DMC)Ⅰや、DMCⅡでは、たくさんのアーティストの方々の体や身体言語についての実験的なリサーチができたので、それも現在のクリエーションに繋がっています。 DMCⅠでは、スペースノットブランクのお2人が生み出した動きの生成手法を体験したり、踊っている時の意識について、実際にまちに踊り出て考えました。今作品では動きを生み出すプロセスに注目していますが、その思考になったのは、お2人からの影響も強いと思います。DMCⅡでは、朝起きてからリサーチが始まるまでの出来事を参加者の方に言葉で抜き出してもらい、それらをさらに詳細にしていく、そして言葉をもとに動きにしていく作業をしました。この動きにする段階が難しかった。
DMCを経て、クリエーションを進めるうちに、移り変わり続ける景色をそれぞれの視点で語ること、それ自体が、景色の中の一つの時間軸の現れだと気づいたんです。思い出す行為自体がダンスなのかもしれないと思いました。

 

―――DMCⅡでは、急なお声がけにも関わらず、10日間で20名以上の関西で活動するアーティストが協力してくださったんです。若いアーティストのためならとみなさん快く、そして真剣に取り組んでくださいました。

 


▲9期のプログラム「Dance Makers CampⅡ」にて、関西圏のアーティストを招いて安永が実施したワークショップで参加者たちによって生成されたメモ
 

 


児玉
:人に説明したり教えたりすると気づきがありますよね。僕は大学院で振付の勉強をしたときに自作自演のソロ作品を作ったけど、それだと他者と共有できるような方法論はあまり磨かれなかった。でも人と一緒に作るとなると、どういう方法でやるか説明できるようにするのがすごく重要になってきますね。ひよりさんの話を聞いていると、動きそのものよりも動きの周りで起こっていることの方が実は大事、なぜならそれが動きを起こしたからだ、という大胆な主張を形にしようという意図が感じられる。これからどういう風に作品として積み上がっていくか興味深いですよね。今後どのように作っていこうかという野望があったりする?

 

安永:私が目指しているのは、「動いている景色のなかに私がいて、景色を見ている。その私自身も景色である」ということ。ここまでのクリエーションでは、“私が景色を見ている”ところまでは辿り着いたと思います。でも、“私も景色である”というところまではまだ到達していない。
 作品の中ではダンサーが、“ダンサー自身に見えている景色”について喋りながら動作します。そのときダンサーは、“自分の見えている景色に集中している”。観客はその状態を見ている。“景色を見る主体”となっているダンサーを、次はパーソナルなところからどんどん離して、“景色そのもの”にしていきたいんです。ダンサー自身が景色になっている姿を、観客が認識するということ。

 

 

 

児玉:なるほど。景色の中にいるか景色を見ているかっていうのは、さっきの「暮らす」と「暮らせない」の話とつながっているのかもしれないですね。世界の中にいられない人、世界に置いていかれている人特有の視点というか。僕もたとえば海外に出ると、周りが動いていることを意識する。自分の今までいた場所から離れてみると、周囲ではすごくいろんなことが起こっていて、自分は取り残されてその一部になることはできないという感じがする。観察している自分と、自分が観察しているものの一部になれるかどうかというのは、大きなテーマだよね。

 

 

どのように「作品」にしていくか

 

―――私はひよりさんの経過発表を初めて見たとき、とても新しいものを見た感覚がありました。北斗さん自身、数々の作品に出演したり、色んな作家や若い学生とも接したりするなかで、ひよりさんはどういう作家に見えますか?

 

児玉:どういう作家と言えるほどはひよりさんのことをまだまだ知らないですが、今までの自分の作り方とは決定的に離れようとしていて、そのプロセスがすごく魅力的だなと思います。過去作品ではわりと感覚的に作りあげてきたところから、今回はひとつずつ考えて積み上げようとしている。今回の作品で新しいことをやろうという意識と、今までやってきたこととが、どこかの時点で結びついたときに、このクリエーションがひよりさんの作品になるんだろうなという予感がしています。

 

 

 

―――このプログラムでは最終的にフルイブニングの作品にすることが決まっていますが、実験的にダンスを試行錯誤していくことと、一つの公演として成立させることのバランスについて、いかがですか。

 

安永:ここまではプロセス重視で進めてきたので、演出についてあまり意識していなかったのですが、舞台・照明・音響のスタッフの方々と話すなかで、「作品にする」となると演出をすることになるんだなと改めて思いました。演出とは何か、今まだわかっていないですが、実験をしながら知ろうとしています。


児玉
:振付家は自分でパフォーマンスすることはできないんですよね。もちろんダンサーとして自作自演することもできますが、基本的には舞台や照明や音響の人たち、そして、ダンサーたち、すべて他の人にパフォーマンスしてもらわなきゃいけないから、その人たちがパフォーマンスできるような枠組みを整えなきゃいけない。

 

 

 

―――北斗さんがご自分のフルイブニングの作品に臨まれるときに、先輩アーティストとしての心構えはありますか?

 

児玉:僕もそんなにたくさん作ったことがあるわけじゃないですが、クリエーションの区切りや限界を設定することと、納得いくまで突き詰めるということを、同時にやるのはなかなか難しい。それでもどこかで決める、決め時を失わないというのが大事かなと思います。自分以外誰も決めてくれないんだということを、プレッシャーに感じずにできるといいですね。自分が決めることによって、いろんな人たちがそれぞれの立場から出してくれるものがどんどん積み上がっていって、作品としての形が現れてくる、という風にきっと進んでいくと思います。

 

安永:作品について何かを決定するのって、その時点での自分ですよね。なんだかそれが、決めた時点で作品が止まってしまうように感じてしまうんです。

 

児玉:それは多分、止まらないし止められないのが舞台芸術なんだと思います。ポロッと一言なにか言っただけでもどんどん変わっていく。止められないけど、ある程度は止めながら、先に進めていくというプロセスが、初日を迎えたあともずっと続く。それが逆に、「よし、これでOK」と思ったのに次に見たら全然違う、みたいな悩みになってくることもある。そしたらまたどう進めていくか、あるいは後戻りするかという新たな悩みが出てきたりして。でもそういうこと自体、1度決めて形にしてみないと出てこないものかなと思います。

 

 

 

―――ひよりさんは今回初めて長い作品を作るということで、今までと感覚が違うのかもしれないですね。作品って再現性があるものだけど、厳密に言うとそうではない。

 

児玉:それ自体がこの作品でひよりさんが扱っていることでもあるかもしれないですね。「思い出す」みたいなことの流動性というか。作品中でのダンサー2人の語りも、毎回同じシーンを思い出してるはずなのに喋り方も雰囲気も違っている。そういうことを問題にしているのかなという気がします。

 

 

『橋の上をおよぐ』というタイトルについて

 

安永:今まで小さいピースの作品は、「あぶく」とか好きな言葉の響きで決めていたんですが、今回、タイトルを決めるのはすごく大変でした。作品のビジュアルにもなっている「橋の上」というのは、ダンス留学の最初の制作講座の時に、まちのなかで「ここが舞台だ」と思う場所を探してくるという課題があって、写真に撮っていた場所のひとつでした。その場所でどんなパフォーマンスができるかを発表しあうんですが、この「橋の上」のことは発表せず隠し持っていました。
その橋は、ダンスボックスからシェアハウスまで行く時に必ず通る場所で、橋の下には川が流れています。水に浮いた時の浮遊感と、自然の流れに流される感じ、目や耳が閉じられてモコモコしたような、くもった感覚が先ほど言っていたまちに浮いているような状態に近い感覚があって、“およぐ”と言う言葉を選びました。

 


(写真:Junpei Iwamoto)
 

 

児玉:そう聞くと納得。いつも通る場所っていうのが重要なのかな。作品内にも結構出てきますよね。「いつも通る場所で」とか、「でもなんかその瞬間が気になって」とか。クリエーションのときにその橋のことをイメージしたりするんですか?

 

安永:あんまりないですね(笑)。でもあの橋は、空、高速道路、高速道路、道路、川、人、というようにレイヤーがたくさんあるのが好きで、そういう瞬間が頭のなかにあります。


児玉
:今回の作品のなかでダンサーたちは橋を渡ってはいないけど、もしひよりさんが出演していたならきっと「橋」っていうキーワードが出てきたんでしょうね。自分の記憶をタイトルとビジュアルに無意識に託していたのかもしれないね。


安永
:そうですね。

 

 

 

―――北斗さんからの質問はありますか?

 

児玉:ひよりさんやダンサーのお二人が今考える「ダンスとは何か」について聞きたいです。それぞれのダンス理論。僕はこれ結構大事だと思ってて。

 

安永:私はたとえば、練り消しを練るとき、その練っている人じゃなくて、ネバーってなるこの糸。それから、喫茶店に座っていて窓があって、そこから見るとこうやってタイルが曲がっている様子。多分一直線に並んでいたはずなんですけど、人が歩いたり車が通ったりして曲がったりする。そういうところにダンスを感じます。


長野
:私の中では2つあって、1つはたとえばドアを開けるという動作にしても、ダンサー自身の想像力がどれだけ豊かであるか。それが豊かであればあるほど、ダンスだと私は思っています。でも想像していること自体は、あまり人には見えない不確かなもので、必ず何か編集されないとダンスにならないのではないかと。人工的に編集されていくものでありながらも、不確かなものであるという2つがあって、それが両立してダンスになっているのかなと今は思っています。


森岡
:私のなかでは、「ダンス」と「踊り」とで別のイメージがあります。「踊っている」と感じる状態は日常の動作のなかにもあります。でもそれは、私の中ではまだダンスにはなっていない。ダンスは、自分にとっては自然ではない要素も入るものだと思っています。日常生活ではそんな照明はありえないとか。それが演出というのかわからないけど、自分以外の何かが加わって変わった時が、私の中ではダンスです。

 

 

 

児玉:3人とも全然違っていて面白いですね。説明の仕方だけじゃなくて、どういうレベルで考えているのかも全然違う。ひよりさんは、そもそも動きそのものではなくて、動きを生む環境や、動いた後に空間上に残っている何かをダンスと捉えているのかな。今の話、どこにダンスがあるか、どこで満足できるのかというのは、創作プロセスでコミュニケーションを取る上で意識していたらいいのかもしれないですね。

 

 

―――最後に、作品の見どころを教えてください。

 

安永:私はダンスを作るまでを大切にして作品に取り組んでいます。見てくださるみなさんには、どういうところがダンスに見えてきますか? ぜひみなさんのダンスを発見して、感じてもらえたらと思います。

 

―――作品のこれからの展開を楽しみにしています。ありがとうございました。

 

 

 

 

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国内ダンス留学@神戸9期「成果上演」
ハラサオリ『鉄球』/ 安永ひより『橋の上をおよぐ』

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橋の上をおよぐ

信号が青に変わり、車は走る
川が流れ、橋の裏側に反射する
コンビニは 24h営業で
近くの喫茶店は気まぐれ営業
それぞれにスピードがあり現在をつくる
私は景色を観測しながら浮遊する

新長田に暮らし、景色に注目するようになった。
動き続ける景色をみている私もまた、景色の中にいる。

日々の出来事を抜き出す。動きを生み出すその過程で、景色の中に私がいたことを確かめる。

―――

振付:安永ひより
出演:長野里音、森岡美結菜
メンター:児玉北斗

***

公演概要

9期目となる本成果上演は、9期コレオグラファーによる2つの公演を行います。
デザインの理論を用いて環境から影響を受ける身体へのアプローチを試みるハラサオリ、
新しい街に移り住み様々なアーティストの身体と行動をリサーチする安永ひより。
2名の作家による新作に9期ダンサーとアソシエイト・ダンサーらが協働します。
8ヶ月の集大成であり新たな出発点となる2つの公演にどうぞご期待ください。
両公演の間の時間は、新長田の風景と美味しい食べ物をお楽しみください。

特設サイトhttps://danceryugaku.wixsite.com/main9

 

【日程】
◉ハラサオリ『鉄球』
2024年3月9日(土)13:00〜、3月10日(日)17:00〜

◉安永ひより『橋の上をおよぐ』
2024年3月9日(土)17:00〜、3月10日(日)13:00〜

 

【会場】
ArtTheater dB KOBE(神戸市長田区久保町6-1-1アスタくにづか4番館4階)

 

【チケット詳細】
〈一般〉1公演2,500円、2公演セット3,000円
〈割引〉1公演2,000円、2公演セット2,500円
〈高校生以下〉1公演500円、2公演セット1,000円
〈未就学児〉無料

※割引対象:長田区民・会員・U25・障がい者・介助者・65歳以上
※2公演セット券は、同じ作品を組み合わせることはできません。
※当日券は、各200円増し

【予約】
オンライン予約:https://9ki-final.peatix.com (Peatix)
もしくはDANCE BOXまで電話・メールにて受付

 

【お問合せ】
NPO法人DANCE BOX
電話:078-646-7044
メール:info-db@db-danecbox.org

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主催 : NPO法人DANCE BOX
企画・制作:NPO法人DANCE BOX
宣伝美術:DOR 写真:岩本順平
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(舞台芸術等総合支援事業(次代の文化を創造する新進芸術家育成事業))|独立行政法人日本芸術文化振興会

 

9期の日々のレポートはこちらから 

この記事に登場する人

Junpei Iwamoto

安永ひより

近所のモダンバレエ教室で踊り始めたのが6歳。コンテンポラリーダンスとの出会いは14歳、武元賀寿子に師事。高校で創作ダンスを経験し、筑波大学在学中に自作の作品を発表し始める。日常の動作や場と、舞台上との関係性に着目している。熊谷拓明振付作品に出演、中村蓉振付作品でアシスタントを務める。ヨコハマダンスコレクション2022コンペティションⅡにて、自作「あぶくの音」がアーキタンツ・アーティスト・サポート賞を受賞。

2023年9月10日 時点

児玉北斗

2001年よりダンサーとして国際的に活動、ヨーテボリオペラ・ダンスカンパニーなどに所属しマッツ・エックらの作品にて主要なパートを務めた。振付家としても『Trace(s)』(2017)、『Pure Core』(2020)、『Wound and Ground (βver.)』(2022)などを発表。現在は芸術文化観光専門職大学(兵庫県豊岡市)の専任講師としてダンスや振付をめぐる研究・実践・教育に取り組んでいる。www.hokutokodama.com

2023年4月6日 時点

Junpei Iwamoto

長野里音

兵庫県出身、在住。幼少よりバレエを習う。
文化庁・NPO法人DANCE BOX主催 国内ダンス留学@神戸8期に参加。
2023年度 DANCE BOXアソシエイト・ダンサー。
多種多様なダンスとの出会いをきっかけに、ダンスによる自身のアイデンティティー形成に興味を持ち、ダンサーとして活動している。

2023年9月10日 時点

Junpei Iwamoto

森岡美結菜

大阪府出身、在住。幼少期より、法村友井バレエ学校にてクラシックバレエを学ぶ。同時期にエレクトーンを習い、踊りと音楽から表現の楽しさを学んだ。
2023年神戸女学院大学音楽学部 舞踊専攻卒業。コンテンポラリーダンス、マーサグラハムテクニックなどを学ぶ。卒業制作では、幼少期の経験から舞踊作品に自身で作曲した曲を取り入れた。
この8ヶ月で、これまでの私の経験と、新長田での新生活で経験したことから生み出される「私」の踊りを更に追求し、コンテンポラリーダンサーとして活動できる力を身につけたい。

2023年9月10日 時点

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