堀田千晶インタビュー|「違和感」から始まる、新たなクリエーション
日常に帰ったときに、思い出せるシーンをつくりたい。
2026年8月に始動した「国内ダンス留学@神戸12期」。全国から選ばれた12名のアーティストが新長田に集まり、約8か月にわたって創作と実践を重ねている。そのうち、6名のダンサーが2人の振付家との共同制作に取り組む「Dance Residence Artist」。
今回、その招聘振付家の一人として新作を立ち上げるのが、堀田千晶である。8歳でクラシックバレエを始め、17歳でNoismの研修生に。その後、ネザーランド・ダンス・シアター2(NDT2)、ヨーテボリ・オペラ・ダンスカンパニー、バットシェバ・アンサンブルを経て、バットシェバ舞踊団で踊ってきた。
作品制作を前にオンラインで話を聞くと、華やかな経歴とは少し異なる言葉が次々と返ってきた。「違和感」「葛藤」「皮肉」「ふざけたもん勝ち」。そして、ダンサーたちへの「私を驚かしに来てほしい」という言葉。堀田千晶は、どのように踊り、何を手がかりに作品をつくるのか。これまでの歩みと、これから新長田で始まるクリエーションについて聞いた。
撮影:岩本順平
─踊りを始めた頃のことから、聞かせてください。
もともと、踊ることや表現することが好きだったんだと思います。
母が昔タップダンスをやっていて、小さい頃にそれを見ていたこともありました。でも、実際に「ダンスをやりたい」と言ったきっかけは、近所の方が出演していたバレエの発表会です。
8歳くらいのときでした。舞台を見て、「花束をもらって楽しそうだな」みたいな。そんな感じで母に「ダンスをやってみたい」と言ったらしいです。
最初はクラシックバレエを習っていました。バレエもすごく好きだったんですけど、モダンダンスやコンテンポラリーダンスも習うようになって。だんだん、そちらの方が自分には向いているんじゃないかという感じになりました。
17歳で高校を中退して、Noismの研修生になりました。2年間活動した後、オランダのNDT2のオーディションを受けて、その後はスウェーデンのヨーテボリへ。
スウェーデンは、すごく大変でした。暗い冬が長くて、気持ちも落ち込む。寒い国で育っていなかったので。朝起きても、会社を出るときも夜みたいな。
この前、当時一緒に過ごした友達と、「やることがないから、すごくクリエイティブな時間だったね」って話していたんです。外は真っ暗だから、家に閉じこもって、みんなで話したり、クリエーションしたり。周りには家具職人や、ジャズをつくる人もいて。インスピレーションはあったけど、住む国ではないと思いましたね。そこに3年半いて、バットシェバアンサンブルへ移りました。
振り返ると、いろいろな場所に行っていますね。
スウェーデンでの活動風景
─ずっと迷わずに踊り続けてきたのでしょうか。
全然です。何年かに一回、「やめよう」という時期が来るんです。
25歳くらいのとき、スウェーデンのカンパニーから3か月くらい休みをもらって、日本へ帰ってきました。そのときは本当にダンスをやめようと思っていました。ずっと踊り続けるのもどうなんだろうと思って、裏方の仕事をやってみようとしたんです。黄金町で、アーティストの通訳をしたり、コーディネーターのような仕事をしたり。キュレーターの仕事なら興味を持てるかもしれないと思っていました。
その仕事をやってみて、面白かったんです。でも同時に、その3か月で「ああ、私、ダンスしか向いてないかも、他のことには向いてないな」って感じて。
「どうせやめるなら最後に」と、バットシェバのオーディションも受けていたんです。以前にも2回ほど挑戦していたのですが、ちょうど空きが出て、入団することになりました。
─バットシェバは、どんな場所だったのでしょうか。
Gagaという存在が大きかったです。
日々、Gagaをしていて、身体が変わっていくことがわかる。それが舞台の上にも出てくるんです。カンパニーのなかに共通言語があることも、すごく強いと思いました。
動きの質感も、自分には合っていました。それまで経験してきたものは、もう少し上に向かう感じというか、美しく見えるもの、クラシックなものが多かったんです。
バットシェバは、もっと土みたいな感じ。
人っぽいというか、動物っぽいというか。
そういう身体性が、自分にはすごく合っていたんだと思います。
バットシェバには8年いました。ただ、1回辞めているんです。アンサンブルに2年半いたんですけど契約がなくて、メインカンパニーにも空きがなくて。もう無理だと思って日本に帰って働きだしたら、1年も経たずに連絡がきて、空きがある、帰ってこないかと。それで2018年に戻り正式に入団しました。
バットシェバ舞踊団在籍時の活動風景
─今回の新作は、どこから考え始めていますか。
きっかけの一つは、横尾忠則さんの作品です。色使いもすごく好きなんですけど、描かれた絵のなかに、何か物体が紛れ込んでいる。正しいところに、何か一つ違うものを差し込むような感覚。そういう美的感覚がすごく好きなんです。
「この人、すごいひねくれ者だな」と思うんですけど、私もそこに感じるところがあって。私もやっぱり皮肉屋なのかな。きれいなものが、あまり好きではないというか。わかりやすく言えば、ぶつかり合うけれど調和している。そういうものに惹かれます。
横尾さんの美術館が神戸にあるじゃないですか。この前、そこにも行って、インスピレーションを受けました。
いまは、舞台の上にいろいろな「違和感」をつくりたいと思っています。よく見たら「あれ、洋服を反対に着てない?」と思うくらいの小さなことから、状況そのものに感じる違和感まで。
自分の海外生活も、絶対に入っていると思います。集団に交わりたいけれど交われない。交わりたくない気持ちもある。そういう葛藤もあるんです。
視覚的な違和感、状況としての違和感。そういうものを舞台の上でいろいろな形で表現できたらと思っています。いまは、そこから少しずつ、いろいろな方向へ考えを広げているところです。
─作品をつくるとき、最初にあるものは何ですか。
自分が気になっていることです。
気づきとか、普段からふつふつと思っていたこととか。作品をつくれる機会が来たときに、そういうものがキーワードとして出てくる感じです。普段の気づきや葛藤とか。
だから、私はあまりハッピーな作品をつくらないんですよね。自分の鬱憤を作品に回しているようなところもあります。でも、自分だけの葛藤でもないのかもしれません。「みんなはどう?」「みんなも思っているよね?」という感じもあるんです。
前の作品(国内ダンス留学@神戸10期/Creation Residence Artist)は、悪夢を見ているような、この世では起こっていないような感じが、自分のなかではしっくりきました。そういう想像や空想の世界、非日常的なところもあると思います。ダンスじゃなくてもいいけれど、方法としてダンスで表す、という感覚なんです。
ただ、その気づきや葛藤を「これはこういう意味です」と伝えたいわけではありません。
お客さんが舞台を見て、家に帰ってから「あれ、あのシーンってどういう意味だったんだろう」と、ふと思い出す。何かのきっかけで、その人の日常と私の作品がつながる。それが私にとって、「もう勝ちだな」と思える瞬間です。
日常に戻ったとき、ふと思い出せるようなシーンをつくりたいんです。
─オーディションでは、どんなところを見ていたんですか。
今回は、ガールズグループをつくるような感覚がありました。
この人にはここがあって、この人には別のものがある。足し算と引き算をしながら、「この作品だから、この人たち」という組み合わせです。
バランスが取れていないようで、取れている。
6人とも、バックグラウンドも全然違いますし、身体も違います。それぞれが見ている世界も違う。だからこそ、私の色に染めることも、私自身が彼女たちの色に染められることも、どちらも楽しみにしています。
ダンサーを選ぶ際に、技術ばかりを見ているわけではありません。
もちろん技術は大切です。でも、それより「なんか気になる」ということがあります。
オーディションでも、「この人、お笑いのセンスが合いそうだな」とか(笑)。
最初はそんなに意識していなかったのに、なぜかずっと目に残る人もいました。
それって、すごく大きな魅力だと思うんです。
撮影:岩本順平
─堀田さん自身も、たくさんのオーディションを受けてきましたよね。
海外へ行くと、自分よりスタイルがいい人なんて山ほどいるんです。
だから、オーディションを受けながら、自分の長所を探していったところがあります。
インプロヴィゼーションでも、「この人は絶対こんなことしないだろう」ということをやってみたり。足が長いわけでもないから、ものすごく素早く、昆虫のように動いてみたり(笑)。
人とは少し違うことをする。そうやってオーディションを受けながら、「自分はここなんだ」というものを見つけていった気がします。
受かるときって、なんとなくわかるんです。
視線を奪えている感じがある。
だから今回のオーディションでも、上手いかどうかだけではなく、その人自身が持っているものを見ていたと思います。
─選んだダンサーたちとは、どんなクリエーションをしたいですか。
私を驚かしに来てほしいです。
自分の思考や想像力、持っている能力を全部使って、「こんなのどうですか」と仕掛けてきてほしい。
その人のアイデアによって、作品そのものが変わるくらいでいいと思っています。
前回、作品をつくったときも、それがものすごく起こったんです。
私が想像していたものとは全然違うベクトルから何かが返ってきて、「え、そっち?」となる。
私は、それが楽しくてクリエーションをしているんだと思います。
一緒にいる時間が長くなるほど、その人のことがわかってきます。そうすると、新しい一面をどうやったら引き出せるのかも見えてくる。
今回は、ダンサーたちがすでに新長田で一緒に生活し、講座やワークショップを受けています。私との制作が始まる頃には、2か月くらい一緒に過ごしている。
すでに関係ができた状態から始められるのは、前回とは違う面白さだと思っています。
私は結構、無茶ぶりをするタイプなので(笑)。
ふざけたもん勝ち、くらいのクリエーションにしたいですね。
前回の作品 国内ダンス留学@神戸10期 Newcomer/Showcase#3 堀田千晶『Sudo Purge』(ArtTheater dB KOBE, 2025, 撮影:岩本順平)
─新長田で作品をつくることについて、どう感じていますか。
最初にDANCE BOXの皆さんとオンラインで話したときから、すごく話しやすかったんです。
私はクリエーションをするとき、場の雰囲気をすごく大事にしています。
緊張している身体では出てこない言葉や、出てこない動きがあると思うからです。
新長田には、身体が緩む感じがあります。
ホームというか、実家みたいな感じ。
言葉を選ばずに言うと、変な人の大集合みたいな街でもあって(笑)。
前回作品をつくったときも、新長田を歩きながら「これだ」と思ったことがたくさんありました。
東京でつくっていたら、きっと違う作品になっていたと思います。
場所からもらったアイデアが、自分にも、ダンサーたちにも確実にありました。
前回は制作に必死で、街をゆっくり見る余裕があまりなかったので、今回はもう少し新長田と関わりながら、いろいろなものを受け取りたいです。
「また来たん?」って言われるくらいになりたいですね(笑)。
─最後に、どんな人にこの作品を見てもらいたいですか。
もちろん、普段からダンスを見ている人にも見てもらいたいです。
前作を見てくださった方から、最近になって声をかけてもらうこともあって。それはすごく嬉しいですし、「二作目もやっぱり面白いじゃん」と思ってもらいたいというプレッシャーもあります。
でも、一番来てほしいのは、普段ダンスを見ない人です。
ダンスのことはよくわからないけど、「何これ、かっこいい」「ちょっと見てみたいかも」
そのくらいの入口で劇場へ来てもらえたら、一番嬉しいです。
作品を全部理解してもらうということよりも、舞台を見たあと、何か一つでも引っかかるものが残る。
日常に帰ったときに、ふと作品を思い出す。そういうものをつくれたらと思っています。
編集者コメント
「国内ダンス留学@神戸」は、一つの作品を完成させることだけを目的としたプログラムではない。約8か月にわたり、講座やワークショップ、創作、上演を繰り返しながら、自ら作品をつくり続けるための力を養う取り組みである。12期のDance Residence Artistには19歳から26歳までの6名が参加し、堀田千晶とダレル・ジョーンズ、異なる方法を持つ2人の振付家とのクリエーションに臨む。
今回のインタビューで印象に残ったのは、堀田が完成形をダンサーへ与えようとしていないことだった。
「私を驚かしに来てほしい」。
技術だけでなく、その人が何を考え、どう仕掛け、自分自身の魅力をどう作品へ差し出すのか。振付家自身もまた、ダンサーによって自分の想像を裏切られることを待っている。
12期の参加者は、ストリートダンス、クラシックバレエ、舞踏、演劇など、それぞれ異なる背景を持つ。プログラム自体も、完成した作品だけではなく、アーティストが迷い、試し、作品を更新していく時間そのものを重視している。
6人の身体と、堀田の「違和感」が出会ったとき、どのような舞台が生まれるのか。
作品が完成する瞬間を劇場で確かめたい。
聞き手・文:岩本順平
国内ダンス留学@神戸12期 Newcomer/Showcase#1
堀田千晶 新作
日時:10月30日(金)19:00、10月31日(土)14:00
*両日とも終演後にアフタートークがあります。
会場:ArtTheater dB KOBE
振付・演出:堀田千晶
音楽:タツキアマノ
出演:12期 Dance Residence Artist
[阿部恭華、奥田実花、小槌朝香、田口慶子、ネコモト、吉住友紀乃]
この記事に登場する人
堀田千晶
広島県生まれ。
Noismにて2年間研修を経て、2008年からNDTllに所属。
2011年からスウェーデンの ヨーテボリオペラダンスカンパニーに所属。
2015年バットシェバアンサンブルに入団。在籍中Gaga講師の資格を取得。
2018年よりバットシェバ舞踊団に入団。2024年退団。
2024年韓国芸術大学でゲスト講師として勤務。
現在フリーランスとして国内外で活動。
2026年9月6日 時点



